| 食糧問題 食育 農業 |
毎日のように報道される食品の偽装問題。
ストップがかからなければ、ずーっと続くように思えるこの問題。
農業に惹かれる前は、私は一消費者でした。
ふと気付いたら、農業に夢を感じたいと思い、
今では文化として農業の大切さを痛感している。
そして、何よりも生産者として誇りを持てるようになった。
連日、食糧問題の延長から農業がクローズアップされることが多い。
メディアの考え方なのか分からないけれど、
テレビ画面で見る就農者のほとんどが年配の方々で、悲壮感を感じさせる。
実際、これが現実である。
夢を感じて継ごうと思う若者がどれだけいるだろう。
生産者は、流通という部分に支配され、
それに見合う価格を提示して報酬を得ることが難しい。
こんな言い方をすれば、批判がくるかもしれない。
長年、自分で売ることを学んでこなかった生産者は、
安くなければ売れないと言われれば、それに従わざる得ないのが現実である。
実は、私もこの5年、販路でものすごい苦労をしている。
販路を持っていなければ、たとえ、良いものを作っても売りさばくことができない。
当たり前のことだけど農作物には、鮮度がある。
その限られた期間内に売れなければ、収入にならない。
収入にならなければ、生きていけない。
生きていけないとなれば、安くても売らなければいけない。
工業製品のように、一定の保存状態を保てば、
ある程度品質を落とさず保管できるわけでもない。
それでも売れなければ、さらに叩き売りの状態で加工品へと回る。
もちろん、加工品でも一流のものを使うものはあると思う。
実際、できてもいないものを買ってくださる方はいないだろう。
毎年のことで生産者と信頼関係があれば、予約販売は可能だろう。
でも、農業への新規参入者にとって、ここが一番の難関である。
失敗する新規参入者は、栽培は成功してもここで躓いていると考えられる。
流通のパイプもない、できてないものは予約してくれない。
仮に良いものができたとしても、営業できる日数は限られている。
今年、良いものができても、来年も良いものがとれるとは限らない。
いつも不安との背中合わせなのが現実だろう。
だから?なのか分からないけど、
売れるものをつくる、値崩れしないものをつくる。
夢を感じるどころではない。
ゆとりさえ生まれないのが実情だろう。
夢を感じることができない仕事に魅力があるだろうか?
誇りを持てない仕事にやる気がおきるだろうか?
いろんな社長さんに、こういったことを話すと
『 お前の考えは、傲慢だ。世間を知らない 』とお叱りの言葉をいただく。
確かに青二才な私は、先輩方からみれば、世間知らずだと思う。
しかし、丹精込めてつくったものは、私たちで値段を決めたい。
その代わり、消費者の方々に理解していただくよう努めなければならない。
私たちにとって、できたフルーツは大切な宝物。
だから、目一杯お洒落してお客様にお届けする。
つくることへの『 誇り 』を忘れたくない。
それこそが、私たち生産者が消費者のみなさまに見せなければいけない、
一番大切なところだと思う。
お互いが感謝して楽しみながら食べることが食育?なのかもしれない。





コメントありがとうございます。
食糧問題は非常に難しい問題になってきています。
流通の仕組みも分かるととても複雑のようですが、これも全て信頼関係から成り立っている部分があると思います。
ただ、栽培者からいいものを安く買うというのが一般的なような気がします。
流通業界のホームページで社長さんの考えを見ますと、やっぱり目は消費者に向けられています。
これは、商売上当たり前のことかもしれません。買っていただけなければ会社が存続しないわけですから。
しかしながら、ものがなければ商売すらできません。
何より、私たち生産者は自分たちがつくるものに誇りを持ち、信用していただけるよう、理解していただけるよう努力しなければいけません。
日本は物をつくることを忘れ、安く海外から買い付けそれを売り利益を得ることに旨みを感じてしまったようです。
もちろん、経済とはそんなものかもしれません。
しかしながら、今の偽装問題や中国での問題は、批判があるかもしれませんが、私たち消費者も全く関係がないとは思えません。
信用していたと言えば、それまでですが、立ち止まり吟味してものを選ぶ時代になったと思います。
AGRI-ART




食料生産は重要な課題だと思います。
安全で美味しいものが適正な価格で手に入るのが理想なのですが、流通のしくみを考えるといろいろ大変なようですね。