バターを塗りましょうか?
2007年のクリスマスシーズンから2008年春にかけて、日本中の店先からバターが消えてしまいました。たった今は、やや回復はしたものの、この先バター安定供給に向かう明るい展望は開けていません。「日本からバターが消えるかも」というニュースはインターネットを通して世界に広がり、それなりに話題になったようですが、どうでしょう、肝心のわたしたち日本に住むものは意外と冷静。少なくともオイルショックのときにトイレットペーパーを奪い合うように買いあさったときとは比べようもないくらい冷静です。これって、バターがなくなってもそんなに困らないということ?「困るけれど、いずれ解決するでしょ」って言うぐらいみんな楽観的っていうこと?
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積極的にバターを買い探すほどでもないし、バターがあればあったで使うし。そんなご意見も募集します。
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たべるのForum 2008年7月20日 13:58
コメント(1)
私は、普段料理を作るわけではありません。
ですから、バターがない=困るという発想にはダイレクトにつながらない、バターが料理、生活に直接的に結びつかないというイメージ不足がおきているのでしょう。
トーストにバターを塗らないで、香ばしさだけで食べるのが好きなタイプですから、特にでしょうね。
ただ、バターがスーパーから消え始めたとき、妻が『バターがない、どこにもない』と騒いでいたことがあります。
考えてみると、妻が作る料理にバターが入っていることを思い出します。
酪農家ではないけれど、同じ生産者として考えていくと、私のイメージ不足、危機感のなさに恐ろしさを感じます。
なくなれば、何かで代用すればよい的な発想なのか、それともなくなるはずはないという能天気な考え方なのだろうか。
先日、私自身、こんなことを感じました。
漁業組合が全国一斉、漁に出ないという行動。
が、しかし、回転寿司に誘われた私たち。
目の前には、そんなことすら感じさせないいつもと同じお魚が回っている。
本来なら、食べるものがないとつながるわけだけど。
こんなこともあります。
薬局やスーパーに行って、私は必ず最初にティッシュやトイレットペーパーをカゴに入れます。
オイルショックのなごりでしょうか。
生活の密着具合により、情報に煽られるように、私たちの生活は左右されるのかもしれません。
でも、そうではなく、どうしてそういった事態を引き起こしたのかを掘り下げて考えることなのかもしれません。
私は、農業、中でもトロピカルフルーツ、いやいや、アセロラやドラゴンフルーツのことしか知らないわけだけど、一つに限定することでなく、大きな意味で食料というところから、考えていかなければならないと改めて思いました。
バターがない、だけど生活に困らないではなく、それが発するメッセージを敏感に受け止めなければ、感じなければいけないのかもしれません。
私は、普段料理を作るわけではありません。
ですから、バターがない=困るという発想にはダイレクトにつながらない、バターが料理、生活に直接的に結びつかないというイメージ不足がおきているのでしょう。
トーストにバターを塗らないで、香ばしさだけで食べるのが好きなタイプですから、特にでしょうね。
ただ、バターがスーパーから消え始めたとき、妻が『バターがない、どこにもない』と騒いでいたことがあります。
考えてみると、妻が作る料理にバターが入っていることを思い出します。
酪農家ではないけれど、同じ生産者として考えていくと、私のイメージ不足、危機感のなさに恐ろしさを感じます。
なくなれば、何かで代用すればよい的な発想なのか、それともなくなるはずはないという能天気な考え方なのだろうか。
先日、私自身、こんなことを感じました。
漁業組合が全国一斉、漁に出ないという行動。
が、しかし、回転寿司に誘われた私たち。
目の前には、そんなことすら感じさせないいつもと同じお魚が回っている。
本来なら、食べるものがないとつながるわけだけど。
こんなこともあります。
薬局やスーパーに行って、私は必ず最初にティッシュやトイレットペーパーをカゴに入れます。
オイルショックのなごりでしょうか。
生活の密着具合により、情報に煽られるように、私たちの生活は左右されるのかもしれません。
でも、そうではなく、どうしてそういった事態を引き起こしたのかを掘り下げて考えることなのかもしれません。
私は、農業、中でもトロピカルフルーツ、いやいや、アセロラやドラゴンフルーツのことしか知らないわけだけど、一つに限定することでなく、大きな意味で食料というところから、考えていかなければならないと改めて思いました。
バターがない、だけど生活に困らないではなく、それが発するメッセージを敏感に受け止めなければ、感じなければいけないのかもしれません。